人生を楽しむ

昨日、endzweckの上杉さんの

workxband.hatenablog.com

これを読んだ。

 

読んだ時間帯がちょうど夜飯食った後くらいで

「曲作ろうかな~ でも眠いな~」なんて思いつつツイッターで流れてきたのを読んでたらブチ上がった。

 

根本的に格好良い人間というのは、何やっても格好良い。

これは良い例である。

いっている事は割と当たり前の事なのだけれど、この当たり前の事をおざなりにせず、

ロジカルに整理して、かつ実践出来ているのが素晴らしい。

 

ご自身でもいっているが、上杉さんが現在恵まれた環境にいるのは間違いないけれど、こんな人が自分の周りにいれば応援もアシストもしたくなる。

 

要は運をも味方につける考え方なんだと思う。

 

序盤の方に、親御さんがガンになって生活援助しなければならなくなった事をちょっと書いていて、実際に相当苦労されている事が伺える。

 

ただそれを外に出さずに、上杉さんの言葉を借りると、自身でコントロール可能な問題だけに注力している。そして「自分は運が良すぎると思っていて~」 なんてさらっと言ってのけるあたりが格好いい。格好よすぎる。

 

自分より恵まれた人たちを羨んだり、どうにもならない事をぐだぐだと悩む前に、出来る限りの事をやろうと思った。現在ある環境の中で、自分を活かす最大限の努力をしようと思った。

 

「バンドを言い訳に使うな」「バンドも仕事も人生を楽しむためにある」

↑ 最後にかかれたこの言葉は、何度も何度も心に刻みこむつもりだ。

コンセプト

おれは好きな音楽がコロコロと変わる。

変わるといっても、昔好きだったものが嫌いになるとかそういうんじゃなくて、

好きな音楽がどんどん増えていくというのが正しい。

こうしている間にも度胆を抜かれるような音楽が生まれていっている。

 

「何が好きなの?」って質問よくされるけど、「その時による」というのが正しい。

ロックやエレクトロニカは好きだが、ずっと聴いていたらテクノとか聴きたくなる。ヒップホップだってジャズだって聴きたくなる。

カレーは好きだし毎日食えるが、たまにはラーメンや寿司、豆腐サラダとか、はたまた鳥と大根の煮付けとか食いたくなるのと同じような具合である。

 

そういう事もあって、いま(ずっと)自分は何を作ればいいか分からない時期に突入している。

といっても、おれは別にプロでもないし、多くの人間に求められている訳でもないので、思う存分好き勝手にやりゃあいい話なのだが、やはり作るからには楽しいだけではなくて、そこそこ自分が満足いくような出来に仕上げたいという気持ちが強い。

 

 しかし、リズムやベースライン、コードに関する知識、すなわち音の知識が乏しい為、作っても空回りしている感が否めない。

多分、ある程度の自分の中で的があったならば、そのルールの元に必要なものを揃えていけばいいが、おれの場合はその目的自体が定まっていないという点が最大の問題である。

 

やりたい事と言えば、過去に経験したあまりにも愚直かつストレートで捻りのなかったパンクバンドとロックバンドの経験の反省から、何かしら「外し」や「遊び心」を取り入れたものをやりたいという位。

 

とある人に創作とは引き算と言われた事があるが、うまいこというものだなと思った(今)。

 

あれもこれもしたいけれど、自分は器用でもなければ一人の人間なのですべてをやるには限界がある。何でも作ってますよ的な店のカレーよりおれは専門店のカレーを食いに行ってしまう。それも他の店で食えないような独特のカレーを。

 

改めてコンセプトって大事だなと思う。誰にでも何がやりたいのか明確に分かるような、そしてさらにいえばそんな中にも独自性のある自分にしか作れないようなものを作りたい。作るからには自信もってつくりたい。そして自信もって出来たものはちゃんと人に聴いてもらいたい。

 

いつかこれを読んでくれているあなたにも。

人生のピークについて考えてみる

まあ、考え方次第でその解釈はガラリと変わるのだろうけれど。

 

自分の現在のところのピークは18歳~21歳になるちょっと前の3年程だろうか。

あの頃はあの頃なりに悩みとかあったんだろうけど、やっていたバンドがそこそこ人気があって(とはいっても企画やって200~300人程度の規模ではあるが)今と比較するとかなりチヤホヤされていた。相当モテていたとも思う。

 

地道な努力をこれっぽっちもせずに、微妙に持っていたグッドメロディを生める能力だけで曲を作って(楽器はほとんど出来ず、簡単なコード押さえられるくらいだった)とにかく目立つのが好きでライブをやるのが快感だった。

いま考えると、よくあれで「音楽やっている」と言えたものだと思うし、本当にこれは申し訳ない発言ではあるが、よくあんなライブにお客さんが入ったものだと思う。

 

そのうち分かり易い薄っぺらいライブ活動を続ける事に限界を感じてきて、そのバンドは解散する。

 

その後、音楽的に深く掘りあさって、質の良い音楽?(恥ずかしながら、当時は当時で若さゆえのひねくれでマニアックなものを格好いいと思う傾向があった)をしようとそれ以前よりかは努力するが(その時ですら楽器などの地道な練習は好きになれなかった)、そのバンド活動でかつてのような人気が出る事はなく4年ほどやって解散した。

 

そして何年かは音楽から離れたりして、再び音楽を作りはじめたのがちょうどいまから2年ほど前である。

 

現在は、楽器を触る事も、世界中の様々な音楽を掘り下げて聴くことも、音楽を分析する事も、理論を勉強する事も、曲作るのも大好きだ。

逆に人前で演奏する事自体には、さほど興味はなくなっているが・・・(本当にこうして振り返ってみると、同じ人間とは思えないほどの変わりっぷりだなとつくづく思う。)

 

いま目標にしているのは、おれ自身が自分で素晴らしいと思えるような、心震えるような楽曲を生み出す事である。そしてその満足いくような楽曲を今まで以上に多くの人に聴いてもらう事である。あわよくばそれで金が欲しい。

 

歳は食ってしまったけれど、テクノロジーとほんの少しずつではあるが技術の向上(努力の賜物か?)により、以前よりイメージを具現化出来るようにもなってきたのも事実。勿論、まだまだ満足のいくレベルではないが。

 

多分「後悔」っていうのは、一種の諦めなんだと思う。もうその時以上のアクションは起こせないという諦め。

 

表現に対する欲求が確固たるものであれば、後悔なんてしない。それが例えどんなに輝かしい過去であったとしても。

情熱がある限り、何度でも人生のピークはくる。

おれはそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

生活と食事

前回一日一食を掲げた翌日、朝から激しい頭痛に苦しんだため、

鎮痛剤を飲むために(空腹では薬が効かない)早くも一食生活に失敗した。

 

というより、徐々に一食に減らしていこうと方向性を変えた。

 

朝と夜、出来るだけ栄養を考えつつ、なるだけ時間をかけないようなメニューで自炊するようにと。

 

「一日の主なメニュー」

朝:トースト1枚(ツナ、チーズトッピング)、ブロッコリーとトマトとアボカドのサラダ、ヨーグルト(はちみつ入り)、コーヒー(ブラック)

 

昼:なし 

 

夜:白米(のり、卵黄、辛子明太子)、魚のあら汁(鯛あら、白菜、さつまいも、豆腐、にんじん) 

 

(※)昼以降、特に夕方は結構空腹を感じるので、あまりに空腹で何も手につかないようであれば、フルーツ(キウイ、バナナ、りんごなど)は軽く口にしてもいいかも。

 

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「まだはじめたばかりだけれど、以前との変化」

 

①昼抜いているのにもかかわらず夜食べる量が少し減った。

②味が以前よりもはっきりと分かるようになった。

③味わうようになった。食事が楽しみになった。

④睡眠時間が1時間ほど減った。

⑤自発的に自炊がしたいと思うようになった。

 

と、まあいい感じである。

 

しかし、まだ体壊した影響で、外食に対する恐怖心があるけれど、恐怖心が解けて外食続きになった時に一気に食生活が乱れてしまいそうなので、気をつけようと思う。

 

 

一日一食

体調がだいぶ戻ってきた。

飯も味が濃いものや揚げ物とか普通に食えるようになってきた。健康最高。

 

今朝、クリーニングから戻ってきた一番気に入っているスーツのパンツを穿いたら、腹のあたりがパッツパツだった。

これまでどんだけ食っても太る事はなかったのに、さすがにちょっと身体をしぼる努力が必須の年齢にまでなったのか、、、と。

 

前回絶食して感覚に違いが生まれた事を記した。(今ではすっかり戻ってしまっているが・・・)

なので、身体をしぼるついでに一日一食にしてみようと思う。

これまでの経験上、何をやるにしても腹がある程度空いている時の方が頭もまわるし集中力も増す。しかも眠くならない。

なのに時間が来たら癖で食ってしまう。腹いっぱい満たすまで食ってしまう。

はっきりいって無駄だと思っている。分かっているのにやってしまう。アホだ。(休日なんて昼飯食った後、二時間くらい昼寝してしまう事も多々ある。)

 

理想は、それにあわせて瞑想と可動域ひろげるべくストレッチと軽い筋トレも出来れば最高なのだが。

 

しかし休日の午後にトラックメイキングを中断してモンブラン食う至福が無くなるのは少し悲しい。

 

もしなんらかの効果が出れば書きます。

生活

胃を壊してしばらく寝込んだ。

せっかくまとまった時間が出来ても、体調が悪ければ何も出来ない事を痛感した。

健康な身体と金と時間。全部必要。

 

そんな感じで治療に専念していただけなので、特に記述すべき点は無いのだが、

ひとつだけ興味深い体験があったので記しておく。

 

倒れた1日目、病院で点滴を打って、その日は食事は取らないように言われたので(そもそも食欲自体が無くて、食べ物を想像しただけで吐き気がした)、食事を丸1日抜いたのだけれど、翌日は感覚が少し研ぎ澄まされたような気がした。

というのは、音がいつもより細かく聴こえたのだ。

 

気のせいか?

 

いやしかし、「音の聴こえ方が全然変わる」という理由で、某音楽エンジニアは肉を一切絶っているという話を聞いた事もある。

 

でもなんだろう。

例えるならばそれまでの状態が濁っていたかのように、クリアに聴こえたのだ。音だけではない。光も、緑も、それまで当たり前だと思っていた身近のものをあらためて綺麗だと思った。

 

そういえば何年か前、京都で瞑想修行を受けた時も同じような感動を味わった。

 

これを機会に、またちょくちょく空いた時間で瞑想したり、食事はちゃんとしたものを、必要以上に摂り過ぎないに気をつけようと思った。

悩みの処方

先日は思いっきりダルかったので、そのままのなるだけ感情的な気持ちを記すと共に質問を投げかけてみた。

 

するとこのような事が自分に起きた。

 

①文章にすると同時に、頭の中のもやもやっとした感情に対して客観視が出来た。

②どうにもならないような質問であっても、投げかければ何らかの応えを見つけようと頭が働く。

 

もやもやしている時の大半は、悩んでいる事の原因をつきとめないまま頭ん中で放置してこじらせている状態である。おれの場合。

 

だからとにかく吐き出して対処法を投げかける。

すぐに応えは出なくても、自分に起こっている問題が何かを知る事が大事である。