2017年に入ってみたもの④

7/1 山下達郎 @神戸国際会館

 

もう、何もかも本当に最高すぎた。

今年64歳になったらしいが、声が出る出る。

いまだに曲のキー下げてないらしい。

 

アンコールでの「RIDE ON TIME」の最後、噂には聞いていたが、

ステージの最後尾まで下がって地声でホール響かすのヤバかった。

そして、そこからのシュガーベイブの「DAWN TOWN」で締め。

 

往年の有名曲から初期のナンバー、そしてアカ・ペラまで、、、

 

全てが神がかってた。

歌も素晴らしいし、声もごっついけど、カッティングもうまかった。鮮やか。

 

ビーチボーイズから最も影響受けているのは有名な話だけれど、

ライブで観たら、それがものすごく分かった。

 

山下達郎のこれまでのアルバムは勿論、ビーチボーイズはじめ

アメリカンポップスもういっかいちゃんと丁寧に勉強し直そうと思った。

 

来年もツアーやってほしいなぁ。絶対また行く。

 

 

2017年上半期のふり返り。

本日で2017年も半分が終わり。早い。

ブログを始めた(正しくは再開)したのが2ヶ月半前。

 

一日一日では変化が無くても、まとめて過去の文章見たら実はものすげー変化を実感できるんじゃないかって思ったけれど、2ヶ月半前のブログ見ても大して何も変わってなかった。まあこんなものか。

 

自分のライブ活動はあまりやれていない。(半年でソロライブを僅か2本)

今後の予定は決まっていない。てゆーか新しい曲全然出来ていない。

下半期は曲をいい曲たくさん作って、出来たらアルバム作って、来年はライブをたくさんしたい(願望)

 

まあしかし、現実問題お客さんがあまりにも少ない状況でライブするのって、終わった後に、今日は何の意味があったんやろう感が半端ないので、ライブするならするで何か知恵出さないかんよなって年甲斐にもなく思う。

 

やる側としての成果はボチボチだが、観る方としてはまあまあ良いペースで

いいものが観れている。

10月、コーネリアスとNONAMEマジで観てえ。

 

アップルミュージックのおかげで、最新の音楽もちゃんと聴けているし、

過去に財布事情で我慢したアルバムなんかも聴けるので、今年に入ってから既に60枚弱のアルバム数聴けている。でも本当に気に入ったやつは出来れば新譜で買いたい。

ライブに足運ぶ以外にも、アーティストに対してのリスペクトを兼ねた還元って大事だと思う。

そう心から思えるくらい私も歳をとった。

 

何はともあれ、下半期も健康でそれなりに頑張っていきたい。

鉄は熱いうちに打つ

前回はendzweckの上杉さんから受けた衝撃をそのまま書いた。

 

けれど受けた衝撃をそのままにしておくと、やがて徐々に衝撃も薄れていって、

数年後に同じことを他人から言われた時には「そんなのとっくに知ってるよ」なんつって、頭だけで心では理解していない不実行のオッサンになってしまうのが定番のパターンなので、思い立ったが吉日。翌日、さっそく不安たるものを20個とりあえず書いてみた。

 

20という数字に特に重要な意味はないが、ある程度絞り出さないと出てこない程度の数を考えたところ、まあ20くらいが妥当だろうと、そんな感じ。

 

①不安を明確にする。(コントロールする。)

おれの現状の不安たる項目

 

1.納得のいく曲が作れない。いい曲作りたい

2.時間を上手くつかえていない

3.楽器が下手

4.音楽理論に乏しい

5.DTMが下手

6.楽器の各パートに対する知識が足りない

7.機材をもっと充実させたい

8.いい服欲しい。見た目を最大限よく見せるようなお洒落でかつ歳的にやらしくないの

9.いい部屋住みたい

10.バカにされたくない

11.収入が少なめ

12.結婚・子供の事

13.老後の生活費(年金どうなるんだ?)

14.(いずれ)親の介護の問題

15.身内の借金なんとかしてやりたい

16.バンドメンバーが揃わない

17.現在ライブやってもお客さん少ない

18.バンド編成で達成感あるライブしたい

19.全国流通の音源リリースしたい

20.全国ツアー回りたい

 

文字起こしするだけで、自分の考えている事って結構わかっているようで分かっていない事に気づくので、定期的にやろうと思った。

 

ここでコントロールできない問題は捨てて、コントロールできる問題に注力する、とのことだが、おれは普段からどうしようもない事は悩まない性質なので、

出た不安のどれもが(がんばれば)自分でコントロール可能な範囲の問題だった。

 

カテゴリは、時間がかかるもの、やろうと思えば割と早くに対処出来そうなもの、物質的なもの、金、など努力すべきポイントが共通しているもの同士で分けてみた。

 

んで、考えるまでもなかったが、おれの中で最も引っかかっている問題は、

1.納得のいく曲が作れない。いい曲作りたい

であって、

 

2.時間を上手くつかえていない

3.楽器が下手

4.音楽理論に乏しい

5.DTMが下手

6.楽器の各パートに対する知識が足りない

 

とかも、いい曲をかくためには、あれもこれも頑張った方がいいんじゃないか、、、っていう1の不安から派生したものという事があらためて分かる。

つまるところ、いい曲が書けさえすれば、別に2~6のどれもそんなに重要じゃないなという事。(3に関しては、上手いにこした事はないし、ライブをすぐにするとなれば別だが、現状はそんなに問題ではない)

 

ここまでで、ぼんやりとした不安から逃れる事が出来る。

 

そんで次におれがとりかかったのは、1の不安の分析である。たとえばこんな風に。

 

「納得のいく曲が作れない。いい曲作りたい」という問題の対処

 

●「なぜ作れないのか?」と自問自答。

 

作れない理由1:

作業しようと思っても、気分が乗るまでだらだらと(あまり身につかない)楽器練習をはじめてしまう。やりはじめるまでが結構面倒くさい。

 

作れない理由1の対処法:

とりあえず部屋に入ったらまずパソコンを起動させてDTMソフト立ち上げて、モニターの前に座る。

 

作れない理由2:

集中力が続かない。

 

作れない理由2の対処法:

最低1時間は頑張って続けてみる。それでも無理なら休憩はさむ。筋トレする。

 

作れない理由3:

飽きる。各パートに対する知識が乏しいので、なかなかイメージ通りに具現化できず、手探りでやっているうちに飽きる。進まんし時間の無駄かな、楽器練習した方が有益かな? ってなって楽器を触ってしまう。

 

作れない理由3の対処法:

 あくまでも良い曲を作る事が一番の目的なので、どうにかしてイメージを具体化する努力を最優先する。とりあえず考える前にダーッとやってしまう。

方法論を探す。ググる。突き止める。

そんなもやもやした状態で楽器練習してもあんま身に付かん事が多いので、それでも練習する時は目的をもって練習する。

 

作れない理由4:

引き出しが少ない

 

作れない理由4の対処法:

時間を決めて、他の楽曲をDTMでコピーしてみる。それもリズム隊の絡みに注目するとか目的もって。

 

作れない理由5:

すぐいき詰まる

 

作れない理由5の対処法:

最低構成くらいは決める。方向性定めてから作る。

 

・・・こんな感じでやってみたら頭ん中、かなり整理された(気がする)

こういうのきっちりやれていれば、ぼんやりとした不安、妙な強迫観念に

悩まされるのも減るかな、って思った。

 

とりあえずどんな手つかってもいいから100曲作ろう。

頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生を楽しむ

昨日、endzweckの上杉さんの

workxband.hatenablog.com

これを読んだ。

 

読んだ時間帯がちょうど夜飯食った後くらいで

「曲作ろうかな~ でも眠いな~」なんて思いつつツイッターで流れてきたのを読んでたらブチ上がった。

 

根本的に格好良い人間というのは、何やっても格好良い。

これは良い例である。

いっている事は割と当たり前の事なのだけれど、この当たり前の事をおざなりにせず、

ロジカルに整理して、かつ実践出来ているのが素晴らしい。

 

ご自身でもいっているが、上杉さんが現在恵まれた環境にいるのは間違いないけれど、こんな人が自分の周りにいれば応援もアシストもしたくなる。

 

要は運をも味方につける考え方なんだと思う。

 

序盤の方に、親御さんがガンになって生活援助しなければならなくなった事をちょっと書いていて、実際に相当苦労されている事が伺える。

 

ただそれを外に出さずに、上杉さんの言葉を借りると、自身でコントロール可能な問題だけに注力している。そして「自分は運が良すぎると思っていて~」 なんてさらっと言ってのけるあたりが格好いい。格好よすぎる。

 

自分より恵まれた人たちを羨んだり、どうにもならない事をぐだぐだと悩む前に、出来る限りの事をやろうと思った。現在ある環境の中で、自分を活かす最大限の努力をしようと思った。

 

「バンドを言い訳に使うな」「バンドも仕事も人生を楽しむためにある」

↑ 最後にかかれたこの言葉は、何度も何度も心に刻みこむつもりだ。

コンセプト

おれは好きな音楽がコロコロと変わる。

変わるといっても、昔好きだったものが嫌いになるとかそういうんじゃなくて、

好きな音楽がどんどん増えていくというのが正しい。

こうしている間にも度胆を抜かれるような音楽が生まれていっている。

 

「何が好きなの?」って質問よくされるけど、「その時による」というのが正しい。

ロックやエレクトロニカは好きだが、ずっと聴いていたらテクノとか聴きたくなる。ヒップホップだってジャズだって聴きたくなる。

カレーは好きだし毎日食えるが、たまにはラーメンや寿司、豆腐サラダとか、はたまた鳥と大根の煮付けとか食いたくなるのと同じような具合である。

 

そういう事もあって、いま(ずっと)自分は何を作ればいいか分からない時期に突入している。

といっても、おれは別にプロでもないし、多くの人間に求められている訳でもないので、思う存分好き勝手にやりゃあいい話なのだが、やはり作るからには楽しいだけではなくて、そこそこ自分が満足いくような出来に仕上げたいという気持ちが強い。

 

 しかし、リズムやベースライン、コードに関する知識、すなわち音の知識が乏しい為、作っても空回りしている感が否めない。

多分、ある程度の自分の中で的があったならば、そのルールの元に必要なものを揃えていけばいいが、おれの場合はその目的自体が定まっていないという点が最大の問題である。

 

やりたい事と言えば、過去に経験したあまりにも愚直かつストレートで捻りのなかったパンクバンドとロックバンドの経験の反省から、何かしら「外し」や「遊び心」を取り入れたものをやりたいという位。

 

とある人に創作とは引き算と言われた事があるが、うまいこというものだなと思った(今)。

 

あれもこれもしたいけれど、自分は器用でもなければ一人の人間なのですべてをやるには限界がある。何でも作ってますよ的な店のカレーよりおれは専門店のカレーを食いに行ってしまう。それも他の店で食えないような独特のカレーを。

 

改めてコンセプトって大事だなと思う。誰にでも何がやりたいのか明確に分かるような、そしてさらにいえばそんな中にも独自性のある自分にしか作れないようなものを作りたい。作るからには自信もってつくりたい。そして自信もって出来たものはちゃんと人に聴いてもらいたい。

 

いつかこれを読んでくれているあなたにも。

人生のピークについて考えてみる

まあ、考え方次第でその解釈はガラリと変わるのだろうけれど。

 

自分の現在のところのピークは18歳~21歳になるちょっと前の3年程だろうか。

あの頃はあの頃なりに悩みとかあったんだろうけど、やっていたバンドがそこそこ人気があって(とはいっても企画やって200~300人程度の規模ではあるが)今と比較するとかなりチヤホヤされていた。相当モテていたとも思う。

 

地道な努力をこれっぽっちもせずに、微妙に持っていたグッドメロディを生める能力だけで曲を作って(楽器はほとんど出来ず、簡単なコード押さえられるくらいだった)とにかく目立つのが好きでライブをやるのが快感だった。

いま考えると、よくあれで「音楽やっている」と言えたものだと思うし、本当にこれは申し訳ない発言ではあるが、よくあんなライブにお客さんが入ったものだと思う。

 

そのうち分かり易い薄っぺらいライブ活動を続ける事に限界を感じてきて、そのバンドは解散する。

 

その後、音楽的に深く掘りあさって、質の良い音楽?(恥ずかしながら、当時は当時で若さゆえのひねくれでマニアックなものを格好いいと思う傾向があった)をしようとそれ以前よりかは努力するが(その時ですら楽器などの地道な練習は好きになれなかった)、そのバンド活動でかつてのような人気が出る事はなく4年ほどやって解散した。

 

そして何年かは音楽から離れたりして、再び音楽を作りはじめたのがちょうどいまから2年ほど前である。

 

現在は、楽器を触る事も、世界中の様々な音楽を掘り下げて聴くことも、音楽を分析する事も、理論を勉強する事も、曲作るのも大好きだ。

逆に人前で演奏する事自体には、さほど興味はなくなっているが・・・(本当にこうして振り返ってみると、同じ人間とは思えないほどの変わりっぷりだなとつくづく思う。)

 

いま目標にしているのは、おれ自身が自分で素晴らしいと思えるような、心震えるような楽曲を生み出す事である。そしてその満足いくような楽曲を今まで以上に多くの人に聴いてもらう事である。あわよくばそれで金が欲しい。

 

歳は食ってしまったけれど、テクノロジーとほんの少しずつではあるが技術の向上(努力の賜物か?)により、以前よりイメージを具現化出来るようにもなってきたのも事実。勿論、まだまだ満足のいくレベルではないが。

 

多分「後悔」っていうのは、一種の諦めなんだと思う。もうその時以上のアクションは起こせないという諦め。

 

表現に対する欲求が確固たるものであれば、後悔なんてしない。それが例えどんなに輝かしい過去であったとしても。

情熱がある限り、何度でも人生のピークはくる。

おれはそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

生活と食事

前回一日一食を掲げた翌日、朝から激しい頭痛に苦しんだため、

鎮痛剤を飲むために(空腹では薬が効かない)早くも一食生活に失敗した。

 

というより、徐々に一食に減らしていこうと方向性を変えた。

 

朝と夜、出来るだけ栄養を考えつつ、なるだけ時間をかけないようなメニューで自炊するようにと。

 

「一日の主なメニュー」

朝:トースト1枚(ツナ、チーズトッピング)、ブロッコリーとトマトとアボカドのサラダ、ヨーグルト(はちみつ入り)、コーヒー(ブラック)

 

昼:なし 

 

夜:白米(のり、卵黄、辛子明太子)、魚のあら汁(鯛あら、白菜、さつまいも、豆腐、にんじん) 

 

(※)昼以降、特に夕方は結構空腹を感じるので、あまりに空腹で何も手につかないようであれば、フルーツ(キウイ、バナナ、りんごなど)は軽く口にしてもいいかも。

 

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「まだはじめたばかりだけれど、以前との変化」

 

①昼抜いているのにもかかわらず夜食べる量が少し減った。

②味が以前よりもはっきりと分かるようになった。

③味わうようになった。食事が楽しみになった。

④睡眠時間が1時間ほど減った。

⑤自発的に自炊がしたいと思うようになった。

 

と、まあいい感じである。

 

しかし、まだ体壊した影響で、外食に対する恐怖心があるけれど、恐怖心が解けて外食続きになった時に一気に食生活が乱れてしまいそうなので、気をつけようと思う。