後悔をなくす方法

これまでの数多の後悔を経てきて改めて思う事は、その後悔の原因って全部と言っていい程「知らない」という事が原因である。

 

子供の頃にもっと勉強頑張っていればよかった。

あの人と別れなきゃよかった。

転職しなきゃよかった。

もっと早くパソコン買っていればよかった。

もっと早くDTMやっていればよかった。

なんで、俺はあんな無駄な時間を・・・(三井)     ・・・等々

 

昔の自分が、そのモノの必要性や意味をしっかりと理解出来ていれば、少しは回避できた問題。でもそれって考えれば考える程「自分って馬鹿だよな」って露呈しているって事だと思う。

 

例えば、地頭のいい人は、その都度自分の行動を判断して、効果を最大限に引き上げるべく効果にレバレッジをかける便利なツールを使って(使えている)いる。少なくとも周りの地頭のいい人はそれが出来ている。

つまりそういう後悔の多い人は失敗が多い。すなわち想像力が乏しい。つまり馬鹿。

(誤解のないように言っておくが、自分も後悔だらけの人生である。)

 

例えば僕、10年以上前からDAWに興味があったが、やるにいたらなかった理由は、パソコンを持っていなかった事。ソフトも当時10万円以上と高額(自分にとって)だったから。それもその値段以上の価値がある事を知らなかった無知が故の選択である。それもしっかりと調べていれば分かった事。

 

と、こう書いていくうちに、自分の馬鹿さに益々辟易としてくるのですが。

 

自戒を込める意味でもしっかりと書いておきたいのは、後々後悔しない為にも、

「ちゃんと調べる時間をとる事」「ケチらずに遣うべきお金を遣う事」「視野を広く持つ」「便利なツールはとことん試して自分に合ったものを使う」「限度こそあれど嫌な事は我慢しない」「大好きな事はとことん突き詰めてやる」

これが僕の思う「後悔しない為の予防法」である。

 

だけど稀に過去の自分が残したものや記録なんかに触れたときに、そんなにダメじゃなかったんだな、と感じる事もある。

ひょっとすると今は覚えていないだけで、その時はその時でもっと大事だと思う事を選んでいたり、調べていたのかもしれない。

これは今書きながら思ったけど、プロセスだけが抜け落ちて悪い結果の記憶だけが残っているっていうのも十分ありそうね。

それであれば、ここの主題からは外れそう。それは後悔というより単に結果がついてこなかっただけ、能力不足、あるいは運が悪かった。という事になる。

 

そういった事の確認を含める上でも、ブログといった記録も「後悔しない為の予防法」のひとつとしてあげられるかも。