人生のピークについて考えてみる

まあ、考え方次第でその解釈はガラリと変わるのだろうけれど。

 

自分の現在のところのピークは18歳~21歳になるちょっと前の3年程だろうか。

あの頃はあの頃なりに悩みとかあったんだろうけど、やっていたバンドがそこそこ人気があって(とはいっても企画やって200~300人程度の規模ではあるが)今と比較するとかなりチヤホヤされていた。相当モテていたとも思う。

 

地道な努力をこれっぽっちもせずに、微妙に持っていたグッドメロディを生める能力だけで曲を作って(楽器はほとんど出来ず、簡単なコード押さえられるくらいだった)とにかく目立つのが好きでライブをやるのが快感だった。

いま考えると、よくあれで「音楽やっている」と言えたものだと思うし、本当にこれは申し訳ない発言ではあるが、よくあんなライブにお客さんが入ったものだと思う。

 

そのうち分かり易い薄っぺらいライブ活動を続ける事に限界を感じてきて、そのバンドは解散する。

 

その後、音楽的に深く掘りあさって、質の良い音楽?(恥ずかしながら、当時は当時で若さゆえのひねくれでマニアックなものを格好いいと思う傾向があった)をしようとそれ以前よりかは努力するが(その時ですら楽器などの地道な練習は好きになれなかった)、そのバンド活動でかつてのような人気が出る事はなく4年ほどやって解散した。

 

そして何年かは音楽から離れたりして、再び音楽を作りはじめたのがちょうどいまから2年ほど前である。

 

現在は、楽器を触る事も、世界中の様々な音楽を掘り下げて聴くことも、音楽を分析する事も、理論を勉強する事も、曲作るのも大好きだ。

逆に人前で演奏する事自体には、さほど興味はなくなっているが・・・(本当にこうして振り返ってみると、同じ人間とは思えないほどの変わりっぷりだなとつくづく思う。)

 

いま目標にしているのは、おれ自身が自分で素晴らしいと思えるような、心震えるような楽曲を生み出す事である。そしてその満足いくような楽曲を今まで以上に多くの人に聴いてもらう事である。あわよくばそれで金が欲しい。

 

歳は食ってしまったけれど、テクノロジーとほんの少しずつではあるが技術の向上(努力の賜物か?)により、以前よりイメージを具現化出来るようにもなってきたのも事実。勿論、まだまだ満足のいくレベルではないが。

 

多分「後悔」っていうのは、一種の諦めなんだと思う。もうその時以上のアクションは起こせないという諦め。

 

表現に対する欲求が確固たるものであれば、後悔なんてしない。それが例えどんなに輝かしい過去であったとしても。

情熱がある限り、何度でも人生のピークはくる。

おれはそう信じている。